一次翻訳者


最近、本業の翻訳の依頼が増えたせいでブログを全然更新できていません。これには最近のChatGPTを筆頭とした機械翻訳の進化が深く関わってきますが、今後翻訳家を目指す人にとって参考になるかもしれないと思うので今回説明したいと思います。

※主に日英産業翻訳の話です。

従来の翻訳体制

以前は以下のような流れで翻訳が行われていました。

1次翻訳者

ネイティブチェック・バリンガルチェック(私)

翻訳会社

依頼主

この中で実際に翻訳を行うのが「1次翻訳者」と「ネイティブ・バイリンガルチェッカー」です。1次翻訳者さんが全体的な翻訳をした後、バイリンガルチェッカーが原文とのすり合わせ行います(原文と翻訳文の意味が同じであるかの確認)。その後、ネイティブチェッカーが不自然な部分などを修正し、ネイティブレベルの文章へと仕上げていきます。私の場合、このバイリンガルチェックとネイティブチェックを両方行えることを売りにして活動しています。

1次翻訳者さんは翻訳会社と契約しているため、私が直接関わることはないのですが、原文が届いてから2〜3日で1次翻訳さんの作業が終わり、翻訳会社を介して私のもとに原稿が届くという流れでした。


機械翻訳の到来

しかしある日、翻訳会社に聞かれました。
2018〜2020年頃だったでしょうか。

「ちょっと最近の機械翻訳がすごいみたいだけど、評価してくれない?」

そこでGoogle Translationなどを試してみましたが、一般的な1次翻訳者のレベルを明らかに超えていました。

・数値や単語の翻訳ミスが圧倒的に少ない
・とにかく早い(人間なら3日かかるのを秒でやってくれる)
・ミスがあってもわかりやすい(機械独特の癖があるので、人によるミスと違ってすぐ発見できる)
・無料(センシティブな内容でなければ、無料バージョンでも十分使える)

ニュアンスの微妙なズレや翻訳漏れは多々ありますが、それは人間の翻訳でも同じです。

検証の結果、「これすごいですね!1次翻訳者なら上級ですよ!」という内容を翻訳会社へ伝えました。


「普通の翻訳者」がいない、これからの翻訳業界

「では今度から1次翻訳は行いませんので、それを使ってください!その分、納期を伸ばして報酬も上乗せしますので!」

そして1次翻訳者さんがいなくなり、以下のような流れに簡略化されました。

機械翻訳+ネイティブ・バイリンガルチェック

翻訳会社

依頼主

1次翻訳という工程を機械翻訳に置き換えることで、浮いた日数や1次翻訳料が上乗せされることになり、手に入る翻訳原稿の質も上がり、個人的には良いことづくめです。

機械翻訳が出てきた時点で、ネイティブレベルの校閲や修正ができる翻訳者しか残らなくなるのは時間の問題だったと思います。

ネイティブチェックも要らなくなる!?

今のところ、ネイティブ・バイリンガルチェックの依頼は増加傾向です。

おそらく、機械翻訳のレベルが上がったことで「ネイティブ・バイリンガルチェックを介さない、機械翻訳以下の翻訳物」に対する需要が低くなった一方で、より高度なレベルの翻訳を求める需要が一部の翻訳会社に集中しているのではないでしょうか。実際、ネイティブ・バイリンガルチェックができる人材はあまり多くないようです。

「バイリンガルな人材はたくさんいるように見えるのに、なぜ・・・」と個人的に思うのですが、そういった人材は翻訳よりも安定した収入とキャリアが得られる仕事についているのかもしれません。

しかしChatGPTの進歩から分かるように、機械翻訳はどんどん洗練されてきています。そうしたら、今度はネイティブチェックも要らなくなるのでしょうか。

体感的には、「AIの正確性に対する不信」があるうちは、仕事は減らないと思います。それがなくなるほどAIが進化した日には、ほぼ全ての職種が淘汰されているでしょうから、みんなで無職になれば怖くない(適当)。

言い換えれば、今後翻訳者を目指す方はネイティブレベルの語学力を身につけなければ難しいかもしれません。

そこまで頑張って今後翻訳家を目指す意味ってあるの?

あるのかな。ないような気がする。もっと具体的に言えば、産業翻訳に関して言えば「なろうと思ってなるようなものではなくなっている」と感じます。

翻訳家を夢見て、大学で海外留学して頑張って、というレベルでは到達できないほどの語学力が必要になってきているからです。かといって、「ではネイティブになるために海外で十年働こう」なんてとんでもないガッツのある人材なら、他のグローバルなキャリアに進んだほうが有意義ではないでしょうか。

生まれ育った環境や、仕事の事情などで結果的にバイリンガルになれた人が、選択肢の1つとして選ぶ仕事という感覚のほうが現実的に思えます。私自身も翻訳家になりたくなったわけではなく、他にやれることがなくて、やってみたら楽しかったという理由です。ネイティブチェッカーが淘汰される日も思っているより一次翻訳者
近いかもしれませんが、せめてそれまでは稼げるだけ稼ぎたいと思います。